竹藪のクリスマス

この物語は、平成20年に一年近くかけて保護した
二匹の犬の保護活動をモチーフにして書いたものです


 
二日続いた雨がやっとあがった。

真由子はカーテンを開けると
外の様子をうかがった。

すると、赤い実のなるピラカンサのトンネルの下に
一匹の犬が坐っていた。

「なっちゃん 来てたの?」

なっちゃんは、一年ほど前から 
近くの田んぼに住みついている 
野良犬である。

犬は真由子を見ると
長いこと待ってました と言わんばかりに
グーッと背伸びをした。
「はいはい 今ごはんあげるからね」
急いでミルクを温め 
ドライフードにパンをちぎって鼻先に置くと
なっちやんは嬉しい顔をして食べた。

「はい子供たちのお弁当」
真由子が、袋にドライフードを入れてギュッと結び
食器の隣におくと 
なっちゃんは袋をくわえてから一度地面に置いた。
少し首を傾け結び目の下を横からくわえなおすと
小走りに帰っていった
竹やぶで二匹の子犬が おなかをすかして待っているのだ

野良犬が、毎日袋をくわえて竹やぶの子犬に運ぶ話は、 
あっという間に村中にひろがった。

真由子はその話がでるたびに説明した。

「なっちやんだって 好きで野良犬になったわけじゃなく
無責任な飼い主のせいで捨てられたのよね
犬や猫を捨てたり虐待すると罪になるのに
人間はなかなか罰せられなくて
路頭に迷うペット達だけが被害にあってるの。
だけど犬が人間を救ったという話はよく聞くでしょ」

「そうね 盲導犬 セラピー犬 介護犬 
それに一般家庭の犬だって番犬として立派に
貢献してくれてるもんねえ」

「そうよ でも人間は無責任なことを平気でする!」

「ほんとうだねえ 飼う人は責任もって
最後までちゃんと飼ってもらわないといけないよねー」

「そう それに避妊 去勢手術をするのは可哀想と
言う人がいるけど 次々と生まれて捨てられたり
処分される命ができるほうが よっぽど可哀想ってことを
理解してほしいわ」

「ほんとよねー」

一方、神社のふもとの竹やぶでは 
二匹の子犬 ハツとチロが 暮れてゆく空を見上げていた。

「お兄ちゃん お星様がでていないね」

「うん」
ハツはチロの隣でうなずきながら
竹やぶの前の広場に目をこらした。

いつもならとっくに帰って来て 夕食のお土産を開けて
「さあお食べ」といってくれる母が まだ帰ってこないのだ。
遠くで救急車のサイレンが響いている。
ハツとチロは不安にかられた。

「お兄ちゃん 寒いよ!」
 ぶるっと身震いするチロに
「母さんがもう帰ってくるさ」とつぶやいた。

「お兄ちゃん今日はクリスマスイブで サンタさんが来る日でしょ」
「うん」
「私たちのところにも来てくれるかしら」
「来てくれるさ」
「サンタさんは願い事もかなえてくれるの?」
「ああ そうだよ」
「じゃあ私もお願いしようっと」

手を合わせて真剣に祈り始めたチロに
「チロ なにをお願いしてるんだ?」
「私たちにも優しい家族と 暖かいおうちができますようにって」
ハツは不安を隠しながら
「チロ 寒いからもう寝よう」
「お兄ちゃん 母さんまだ帰ってこないよ
おなかすいたよ~」
「うん でも寒いから寝床で待っていよう チロおいで」

ハツは立ち上がると チロを促すように 竹やぶの奥に向って歩き始めた。
寝どこの中は 落ち葉がいっぱい敷きつめられていた。
大きな楠の木の根もとに寄り添うように
兄妹は横たわって 母の帰りを待った。
次第に夜がふけていくー

「お兄ちゃん 明日の朝目がさめたら サンタさんが来てるかしら」
「うん来てるさ」
チロはまたぶるっと身震いして 首をすくめた。
ハツはチロの背中を優しくなでながら
「大丈夫だよ母さん じきに帰ってくるさ」
いつか二匹の子犬は眠りにおちていった。
竹やぶの夜はしんしんと更け 気温はどんどん下がってゆく。
空にはしみるような星が一つ又一つその数をふやして
二匹の子犬を見下ろしている。


「ハツ ハツ 起きなさい」
母の呼ぶ声に ハツは眠い目をこすりながら 頭を上げた。

「母さん遅かったじゃないか チロはおなかをすかして 泣きながら
寝ちゃったよ」
起き上がってもう一度目をこすってみたが 母の姿がない。
―なんだ 夢か  がっかりして再び横になると

「ハツ ハツ 起きて」 又母の声がした。
今度はしっかりと目を開けて体を起こすと
竹やぶの下にぼんやりと母の姿がひかっていた。

「なんだ母さんやっぱり帰ってたのか」
「オイ チロ母さんが帰ったぞ」
急いで隣に寝ているチロを起こそうとするハツに
「ハツ チロを起こさないで! ハツだけ降りてきなさい」
「うん わかったよ母さん」

ハツはチロからそっと体を離すと
竹やぶを降りて下の広場に出た。
「母さん?」ハツはけげんそうに周囲を見渡した
「ハツ ハツ こっちよ」母が前の道路でハツを呼んだ。
ふだんは道路に出ちゃだめって あんなにしかられてたのにー
ハツは不思議そうに道路に向うと
母はスーッと道路の向こうのカーブに消えた。

「母さん 母さんどこいくの」
ハツはへっぴり腰で母の後を追った。
暗い闇の中で いいしれぬ不安がハツをおそった。
歯をくいしばると ハツは気合を入れてトコトコ歩き始めた。

カーブの先は交差点だった。
「母さんどこ?どこなの?」暗闇の中でハツは目をこらし 
くんくん鼻で母の匂いを探した。

「あっ 母さんそんなとこにかくれてたのか」
土手の草むらの中に 母の匂いを見つけたハツは 土手を駆け下り
一目散に母に駆けよった。

「かあさんのいじわる 僕怖くて泣きそうだったんだよ
母さんお土産はどこ?」

しかし母は何も答えず横たわっていた。
やっと異常に気づいたハツは鼻先で母の顔に触れてみた。

「つめたい!」身動きしない母に ハツは狂ったように泣き叫んだ。 
「母さん 母さん おきてよ!母さん 母さん!」

ハツの声が届いたのか、苦しそうに息を吐きながら 
母はうっすらと目を開けた。
「ハツ来てくれたのね いい?よく聞いて
母さんは車にはねられて、もうあなた達の面倒をみてあげられないの 
ハツはお兄ちゃんなんだから
妹のめんどうをみて二人仲良く助け合って暮らしなさい
ハツ あの丘の向こうに いつもご飯を運んできてくれる人のお家があるから
二人で尋ねて行きなさい。 きっとあなた達の 優しい家族になってくれる人を
探してくださるよ ハツ 母さんのことはいいから すぐ行ってごらん」

母は力をふりしぼるように話すと目を閉じた。

「母さん 母さん死なないで!
僕はまだチロの面倒なんて見れないよ いやだーいやだー」

ハツは涙でグショグショになりながら 母の体にしがみついて泣いた。
いくら大声で呼んでも体をゆすっても母は目を開けようとしなかった。

やがてすっくと立ち上がったハツは やみをにらむように 
母の示した方に向って歩き始めた。
街灯に照らし出された家を 一軒一軒さがしていく 
母さんの教えてくれた家はどこなんだろう
とぼとぼ歩き続けて疲れきったハツは
電柱にもたれかかるようにうずくまった。 
 ハーハー息が荒くなり体がやけるように熱い。
コンコン咳が出た 冷たい雨にうたれ風邪をひいたのだ。

「母さん チロ・・・」 暗闇の中で意識がうすれていくハツの耳に
家の中からテレビの音や笑い声が響いてきた。

「うっ?ここはどこ?」
「気が付いたのね よかった」
ハツが目を開けると天井の蛍光灯が
まぶしくハツを照らしていた。
「さあ 温かいミルクを飲みなさい 元気がでるわよ」
「あっ!あの人だ」いつもご飯を運んできてくれる優しい笑顔が
ハツをみおろしていた。
ハツの目から大粒の涙がせきを切ったようにあふれだした。

「もうだいじょうぶよ」真由子はハツを抱きしめると
優しく頭をなでた。  その時ハッと我に返ったハツは
「母さんが!母さんが!」と叫んだ
そして真由子の手をひっぱり 外に走り出していった。

あの土手にぐいぐい引っ張って行くと 母の倒れている方を指した。
草むらに身をのりだしたまゆこが 母犬を発見した。
「なっちゃんね まあ 可哀想に!」
真由子は急いで携帯電話を取り出すと
夫の隆に応援に来てもらうよう手配した。

「なっちゃん しっかりして!もうだいじょうぶよ」
真由子はすばやく怪我の状態を調べ 両腕で抱き上げると
隆もすぐに車で駆けつけた。

「まだ先生やってるよな」「ええ 今日は十二時迄あいてるはずよ」
「ヨシ すぐ行こう」「あなたも一緒に来て先生にみてもらいなさい」
真由子がハツをみて言った。  ハツは大きくかぶりを振ると
「僕は竹やぶに帰るよ チロが一人じゃ怖くて泣いてると
思うから・・・」

ハツは母が助けられてほっとしたのか
いくらか落ち着きを取り戻していた。 
真由子はハツの両肩に手をのせると
「だいじょうぶ?じゃ後で見に行ってあげるから
チロのことおねがいね」

竹やぶは病院に行く途中にある。
ハツは竹やぶ前の広場で降ろしてもらった。

「母さんをお願いします」ハツは頭を下げた。
母を乗せた隆の車は ビューンと音をたてて暗闇に消えていった。

竹やぶに戻ったハツは
そおーっと足音を忍ばせて寝床をのぞくと 
チロはすやすやと眠っていた。
 
「よかった チロが眠ってくれてて」
ハツはそっとチロの頭をなでながら「母さんはきっとなおるさ大丈夫」
自分にもそう言い聞かせるようにつぶやくと 
安堵感と疲労から
吸い込まれるように 眠りにおちた。

木の葉がひらひらと二匹の子犬の上に舞い降り
ハツの頬にツツーと涙が流れ落ちた。

どんな夢を見ているのだろう・・・

いつの間にか空が白みかけ チッチッと小鳥がさえずりはじめた。
ハツは首を回して隣を見た チロはまだよく眠っていた。

「母さん・・・」起き上がって広場の方に目をやったハツは
思わずごくりとのどを鳴らし 両手で目をこすった。

竹やぶの前の広場には 真ん中に大きなケーキが置かれ
まわりには お肉や魚でつくったご馳走が 一杯並んでいた。
楠の枝は ぴかぴか光る電飾で飾り付けられ
大きな包装のプレゼントが いくつもぶら下がっている。

「おい チロ起きろサンタクロースがきたぞ!」
「ほんと?おにいちゃん」

ハツはチロの手をとると 広場に駆け下りていった。
目をまん丸くして 驚いているハツとチロの前に
楠の木の後ろから 真由子と隆が顔を出した。

「メリークリスマス! ハツ チロお母さんはまだ病院だけど
もうすぐ帰って来られるわよ 心配ないわ」

「お兄ちゃん 母さんどうしたの?」

「うん、ちょっと怪我しただけさ じきに治るよ」

「ふーん」

「さあ皆でご馳走を頂きましょう ハツ チロ
おなか一杯食べてね」

「お兄ちゃんほんとだったんだね 
サンタさん ほんとにきてくれたんだね」

真由子と隆 ハツにチロが手をつなぎ輪になった。

どこからか ジングルベルの曲がながれ
皆で一緒に歌い始めた。
その歌声は 広場から竹やぶの中へと響いていったー。

      後書き
この物語は平成一九年八月二十日に生まれた
五匹の子犬の内の二匹の物語です
一番後ろをやっとついて歩いていた子犬二匹は悲しい結果になり
もう一匹は死にかけていたところを助けられ 
温かい御家庭でとても幸せに過ごしています。
この二匹の子犬達の上にも 幸せの星がふりますように
心から願っています。

                森の小径  まりこ
                         
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by marinnta | 2010-12-24 03:09